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長期的に見れば「症状はありがたい」

「症状はありがたい」、これは日本で賛否あるホメオパシーでの引用ですが、長期的に見ればやはり反応という面での症状というのはありがたいのかもしれません。

私もホメオパシーというものをイギリスにいた頃知りましたが、そのある一面では私はこの代替医療を支持しています。物質を希釈浸透し、レメディ云々はもはやおまじない的世界であるようなものと捉えていますが、ある意味私たちの手作りという側面も「お肌がより良くなってくれ〜」というおまじないかもしれません。

さて、そのお肌に関しても、まだまだ私たちは歴史を刻んでいます。今私たちが何気なく使っている新しいものは、今後も何かしら新しい歴史を刻むでしょう。

様々な研究の成果により、化学物質の有効性は近視的に見れば使用に問題なしとされていますが、それでもラウリル硫酸ナトリウムを主とした液状洗浄剤は、1000年以上を超える固形石鹸の歴史(それを踏襲した苛性ソーダによる製法は19世紀)に対して、わずか100年の間に開発された経緯があり、使い続けた末に起こることはまだまだ誰もわからないのです。

つい先日、体を壊す13の医薬品・生活用品・化粧品を読み終えたのですが、前述のラウリル硫酸系は、ボディーシャンプーだけでなく、あらゆる洗剤と呼ばれるものの中に入っています。歯磨き粉にも入っているので、ああ、じゃあボディーシャンプーって少量であれば飲むこともできるんだ、と拡大解釈もしちゃいます笑。

でも、こういった物質が皮膚がんを引き起こす可能性があると書いてあり、先日見たエクアドルにおける原油流出事故のドキュメンタリーを思いだしました。原油がその地域の原住民の川を汚染し、裁判となっているというお話ですが、そこでもがん患者が増えているということで、やはり石油系合成物質というものは体に少なからず影響を与えている可能性もありそうです。

この問題の厄介なところは、それを摂ったり使ったりしたところですぐに症状に表れないという点です。原発の放射線と似たようなところがあります。ある程度の年月を経て、蓄積されて出てくるのです。原因がよりあいまいになります。だから20年たった今でも、そのエクアドルの裁判はまだ終わっていません。

以前、断捨離という言葉が流行りました。入ってくる要らない物を断ち、家にずっとある要らない物を捨て、物への執着から離れる。

私はこの言葉は少し硬すぎる感じであまり好きではないのですが、10〜20代で色々試し、身に着けていったものを30代以降で取り除いていく、結局はタバコなんか吸わなきゃ良かったとか、お酒なんか飲まなきゃ良かったとか、何もしなければよかったことに気づくこともあります。

しかし、そうやって一旦身に着けたものを取り除く過程があるからこそ、人間という人生の魅力でもあると思います。

よって、歯磨き粉は歯にあまり良くないと本に書いてあった以降、シャンプーなどの歴史の浅い現代の洗浄成分には何かあると思っていたので、歯磨き粉もひっかかっていて、しっくりきました。

筆者の体験ベースで書かれている代替方法部分は若干説明不足な点も心残りですが、歯磨き粉を使うことを極力避けるようになりました。時々どうしても口の中をすっきりさせたいなあと思うときは使うようにしています。

20代の頃の大半を東京でサラリーマンをやっていたのですが、毎日頭を洗わないとギトギトでした。夜には脂でぺったんこ、大学時代以降、徐々に生え際が後退するのを実感していました。このままいくと30代を超えたときツルツルになってしまうんではないかという恐れから、一時期育毛剤に手を出したこともありました笑。

私がちょうど汗疹がきっかけで固形石鹸に変え、そして東京を離れ、イギリスに行き始めたぐらいから、ほとんどを石鹸による洗髪に変え、今や2〜3日に1回の洗髪でギトギトもせず、十分になりました。そして今はそれほど髪の毛を失うんではないかという心配もほとんどありません。

適度に近代技術を人生の楽しみとし、伝統を重んずることで自分らしさを維持する、私の理想的なバランスを見つけていきたいな、と思っています。

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