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「勢(せい)」

孫子の兵法の理念のひとつは、

「勢」

である。勢とは、あるものではなく、作るものであり、たとえば巨岩を平地でころがしても姓をつけることができず、高知からころがせば、人の手から離れてもそのその巨岩は物を壊し、人馬を殺す。それが勢である。甲州の武田家には孫子を尊崇するものが少なくないが、この時期、雪斎だけが玄妙な兵法の理解者であったといってよく、その理解の深度においては武田信玄も雪斎におよばない。

宮城谷 昌光 風は山河より 4巻

雪斎は駿府臨済寺の住持として宗教的な影響力を持ちながら、今川氏の執政、軍師とも呼ばれ、政治・軍事・外交に秀でた手腕で義元を補佐した。

人間と人間がもっと近くなれる幸せ

韓国では情報技術やSNSの発展が自殺を誘発し、社会暴力を起こすという批判がある。ソフトバンクは情報革命が人間を幸せにすると言っているが、韓国の状況についてどのような意見を持っているか。
「その問題はこのように例えられるだろう。自動車と飛行機が生まれたことで事故が増えて公害が生じた。新しいテクノロジーは新しい問題を起こすが、そうした部分を減らすためにも人びとは知識を得て、知恵と経験を結集するのではないか。
問題もあるが、それによってもたらされる幸せの方がもっと大きいと思う。問題を解決しながら、人間と人間がもっと近くなれる幸せを追求していかなければならない」

佐野眞一 あんぽん 孫正義伝より

ラジャ・ダト・ノンチック氏の詩

  かつて 日本人は
清らかで美しかった

かつて 日本人は
親切でこころ豊かだった

アジアの国の誰にでも
自分のことのように一生懸命つくしてくれた

何千万人もの 人の中には
少しは変な人もいたし
おこりんぼや わがままな人もいた

自分の考えをおしつけて
いばってばかりいる人だって
いなかったわけじゃない

でも そのころの日本人は
そんな少しの いやなことや
不愉快さを越えて

おおらかで まじめで
希望に満ちて明るかった

戦後の日本人は
自分たち日本人のことを
悪者だと思いこまされた

学校でも ジャーナリズムも
そうだとしか教えなかったから

まじめに
自分たちの父母や先輩は
悪いことばかりした残酷無情な
ひどい人たちだったと 思っているようだ

だから アジアの国に行ったら
ひたすら ぺこぺこあやまって
私たちはそんなことはいたしませんと
言えばよいと思っている

そのくせ 経済力がついてきて
技術が向上してくると

自分の国や自分までが
えらいと思うようになってきて

うわべや 口先では
済まなかった悪かったと言いながら

ひとりよがりの
自分本位の 偉そうな態度をする

そんな
今の日本人が 心配だ

本当に どうなっちまったんだろう
日本人は そんなはずじゃなかったのに

本当の日本人を知っているわたしたちは
今は いつも 歯がゆくて
くやしい思いがする

自分のことや
自分の会社の利益ばかりを考えて
こせこせと
身勝手な行動ばかりしている
ヒョロヒョロの日本人は
これが本当の日本人なのだろうか

自分たちだけで 集まっては
自分たちだけの 楽しみや
ぜいたくに ふけりながら

自分がお世話になって住んでいる
自分の会社が仕事をしている
その国と 国民のことを

さげすんだ眼でみたり
バカにしたりする

そんな ひとたちと
本当に仲よくしてゆけるだろうか

どうして
どうして日本人は
こんなになってしまったんだ

1989年4月 クアラルンプールにて

不倫

18世紀より昔、ヴェネチアの女性たちが発明した制度、

「カヴァリエレ・セルヴェンテ」

直訳すると『奉仕する騎士』となる。

この制度のおかげで既婚の女性は何世紀も変わらず甘く官能的でいられた。

塩野七生/海の都の物語

女なら誰しも、能力ある男を夫に持ちたい願望があり、そして、能力ある男に暇のないことは現代でも変わらないことである。

能力ある男と結婚した幸せを満喫してまもなく、不在がちの夫に満たされない想いをいだくようになる。

諦めて家事や育児に専念する女もいるが、立派な主婦であり母であっても、女としての生き方も諦めなくてはならなくなる。

そんな世の中というのはあいも変わらない。

そこですすめるのは『奉仕する騎士』制度。

「朝の夫が仕事に出かける頃、男は訪れる。
夫人の今日はどんな服を着るか、アクセサリーはどれにするかと優しく助言を与えながら身支度に立ち合う。
美容室に行きたければそれに付き合い、買い物にも同行し、男にだけしか与えられない助言で、夫人を助ける。
食事にも、映画にも付き合い、夜、夫の帰りを待って帰る」

夫としても安心して放っておくことができ、そのホスト役を務める若い男も毎日女と間近に接すれば、男の腕をあげられるというものだ。

肉体を共にするのではないかという心配は問題ではない。
女にとって、肉体を共にすることは大した問題ではなく、女を生き生きと美しくするのは、絶え間なく与えられる男たちの気遣いや心配りなのだから。

ことばは若さであり優しさ

ことばには魔力がある。

自分の口から吐いたことばは他人を縛るばかりか、自分をも縛るようになる。 

いわば、自分を自分で空想するようになる。 

真理や真相を究明しなければならぬ者は、多言を嫌う。

人生を戦場と考えてもそれはあてはまるだろう。 

その点、楽毅にはまだ言葉が多いほうの将である。 

それゆえ将としては劣るということではなく、 
それが楽毅の若さであり優しさであると楽乗は解した。 

 宮城谷昌光/楽毅