少し前にコーヴという反捕鯨の映画がやって、シーシェパードという団体が有名になりましたが、それにしても彼らの理想に対するストイックさは、時折日本人には理解できないときがあります。
実は当時、フェイスブック上でその反捕鯨を指示する人が集まるページに、友人からの誘いがあり、とても戸惑いました。厳格さ、寛容さといった思想面での共有はもう宗教のようなものです。
私は代わりに牛や鶏とどう違うのか提起したまま、こういうキャンペーン活動が好きになれず結局放置してしまいました。(KFCやマクドナルドのビジネスも彼らからできたものなので)
彼らはベジタリアンだったり、更にその上を行くビーガンだったりしますが、
彼らの絶対性とも言えるような思想は、おそらくキリスト教やイスラム教などの唯一神から来ている文化のような気がしなくもありません。
ちなみにビーガンとは、動物性のものを一切取らない・使わない主義のことで、
自分たちの都合にさえも合わせない絶対的思想です。ベジタリアンはどちらかというと、自分の体の良し悪しを考える人も多いです。
アングロ・サクソン系の食べ物を考えてみると分かりやすいのですが、
非常にシンプルです。肉は肉だけ、野菜は野菜だけで独立して食べることがあります。
そういった食習慣であれば、食を楽しむという要素も弱く、ビーガンになるのも簡単かもしれません。
一方で、スペインやフランス、イタリアのようなラテンの要素がある国は、混ぜて食べる習慣があるので、比例してビーガンは少ないと思われます。
そういった部分ではとてもシンプルで分かりやすく、その価値観を無理やり押し付けようとするさまは、主にアングロ・サクソン系に見られるといっても過言ではないと思います。
ときおり、外国のオーガニックコスメに関してもこの単語「Vegan」が使われます。
オーガニックコスメ志向もまたドイツやアメリカなど人種につながりがあります。
ヨーロッパも、ドイツ>イギリス>フランス>イタリア>スペイン
私が各国を見た印象と、そして友絵工房に注文を受けた数はざっくりこの順番です。やはりラテン系は下位です。(他のヨーロッパを除く)
事実オーガニック市場は、アメリカが1位、ドイツが2位と世界を大きく占めているようです。
そんな彼らにとって、あらゆる食事に鰹だしが入る日本は、ラテン系同様その価値観を受け入れるのが難しい国の一つでしょう。
近頃、日本人は、だしの味より、油の味を好む傾向があると言われていますが、彼らにしてみれば、動物より植物を優先されるので、味云々の話ではないかもしれません。
(実はイギリスにいたとき、ベジタリアンの知り合いは常にナッツとビスケット、水しか摂らない人もいました。それでも生きていられるんですねw)
そしてまた、日本は古来よりローマやギリシャと同じくして複数の神を共存させてきた歴史もあり、「いただきます」「ごちそうさまでした」という文化は、また違う価値観で判断されるものかもしれません。
ニュースで、日本の発信、各国の着信は多く見られるようになりました。
ただ、正直日本好きの友人を見る限り彼らはかなり分かってくれていますが、もっともっとこの深い部分での発信力は強化していかなければならないなと感じ、友絵工房の英語版で、粗末な英語ながらも発信し始めました。
とても抽象性が高く、奥深く、難しい価値観を私たちは持っています。でも、そんな日本を期待してくれている人たちもいます。
さて、実際のところ日本でどこまでストイックに、何もかもにもあらゆることに「やさしさ」を追求できるんでしょう。
製品を作り、価値を決めている以上、私たちもある程度の世界観を持ち合わせ、その商品を取り囲む環境の理想は創造するべきだと考えています。
(決して価値観を押し付けるようなことはせずに)
例えば、洗剤(洗うという意味において)。
食器に、洗濯に、髪の毛に、体に、歯に、さまざまな用途で使っている洗剤は環境に、体に、社会に良いのかなど全てをパーフェクトに実現するには、身を犠牲にして信念を追及するか、または経済力がなければ、何もかもにやさしい購買を維持継続することはできません。
時として「中庸」という言葉が好きです。中庸という理想もあります。